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酔狼通信 300
25.03
「房総半島ツーリング」の巻
47都道府県、走ったことの無いのが山形、千葉、沖縄の3県。何度も計画を立てるがなかなか実現しなかった。今回ようやく、なんとか千葉、房総半島を走れた。
8日
始発で姫路から新幹線で東京へ。品川で総武線に乗り継ぎ、千葉から成田線。佐倉駅着1049。自転車を組み曇り空の下、走り始める。
すぐに佐倉城跡。かつて陸軍歩兵連隊が置かれていたくらいなので城址は想像以上に広い。土塁に囲まれた本丸も広いなぁ。関東に多い土の城(石垣がメインではないということ)。深い空堀。
城址をざっと眺め、曲輪の一つにある国立歴史民俗博物館へ。えぇ~っ、こんな所に国立の博物館??というのが、ここの存在を知った時の感想。
展示は「旧石器時代―奈良時代」の第1展示室から現代の第6展示室まで。
走り始めが11時過ぎと遅い時間なので、ささっと見ようと思っていたけど、旧石器時代の展示が思っていたより面白く、1時間ほど見て回った。ただ、中世(平安時代)を見るころには情報量が酔狼の脳みそのキャパを超え何も入って来なくなってしまった。



見出し h6
酔狼、最近はちょっとした土偶ファン
博物館を後に、サイクリングの開始。少し走ってうどん屋へ。すぐ手前のラーメン店をやり過ごし、うどんを選択したが濃い出汁のうどんの洗礼を受ける。大失敗。いや、麺は美味しかったんやけど‥‥
酔狼の遠方のツーリングの常、ロードマップ(10万分の一)のコピーを頼りに走るので、どうしても国道、県道を走るようになる。
小雨が降りだし、上だけカッパを着て成田へ。
初詣や節分の際にTVニュースで毎年のように見る成田山新勝寺へ。ちょっと寄り道。でも参道に自転車を置ける所を見つけられず、人込みも凄いので山門だけ眺めて新勝寺を後にする。
少し走り、国道から県道に入り少し走りやすくなる。県道をしばらく走ると前に車が数台停まっている。引き返す車もある。歩道を散歩中のおばさんに「事故ですか?」と尋ねると「そう。良かったね、巻き込まれずに」と。ホヤホヤの事故やった。
数台の車をすり抜けると、道路の両脇に事故車が二台。うずくまるドライバー(?)携帯電話で話す同乗者。反対車線にも数台停まっている。
事故現場を抜け、かなり走ったところで救急車とすれ違う。
16時頃、今夜の宿、香取市佐原に着く。「伊能忠敬記念館」や佐原の町並みは明日の朝に回して、数キロ先の香取神宮へ。なんか知らんけど「神宮」と名が付くと何やら由緒正しく思えてしまう。
下総國一宮だそう。今回も元気に走れることを、ほんの少し感謝し、神宮にデンして佐原の町に引き返す。
走っている間は、ほぼ気にならない雨やったが、夜の間に本降り。
9日。
雨は朝には上がって青空が広がる。
宿を出て佐原の町並みを散策、歩く。江戸時代は江戸への水運で栄えた町。

開館の9時を待ち、「伊能忠敬記念館」へ。そう、日本の正確な地図の始祖、伊能忠敬は佐原の人。
酔狼、何を隠そう、隠しもしない「地図オタク」。未だに紙の地図で走っている。ここは今回のメインテーマの一つ。
開館と同時に入館。ただ展示は期待が大きいだけに少々物足りなかった。それでも複製とはいえ原寸大の伊能図や当時の道具が見られるので楽しい。
伊能図中図の「中国地方」には赤穂も描かれていて「福浦村」と「真木村」の間には国境の朱線が引かれ、東に向かい鳥撫、新田、塩屋、加里屋、中村(酔狼の住まいのある所、現在の住所表記は中広)、尾崎、坂越と描かれ、全国くまなく海岸線を歩いて測量した伊能忠敬は、赤穂も歩いたんやと、無性に嬉しくなる。あ~、写真が撮りたい。複製なんやから撮影可にしてよ~~
利根川を渡り茨城県へ。
しばらく走ると「千葉県」の道路標識。千葉と茨城は利根川を境にしていると思っていたが、違うんやなぁ。地図をぼんやり眺めているだけでは、こんなことも解らない。
この日は朝からとても風が強く、車の多い県道などの幹線を走るのに苦労する。
常陸利根川を渡り茨城県へ。鹿島神宮、再訪。
40数年前、鹿島神宮を訪れたのは、当時JCA(日本サイクリング協会)が自転車によるオリエンテーリングの大会を開催していて、酔狼、兵庫県の代表で参加した。筑波での前泊、往復の交通費支給だったので、前日どこか走ろうと思い、思いついたのが夜行急行で東京へ。鹿島神宮駅から走り土浦経由で筑波へ、だった。オリエンテーリングは最初のポイントの地図読みをしくじり、後は楽しいサイクリングに変え、成績は真ん中あたりやったかなぁ?記憶も記録も無い。
と、いうわけで鹿島神宮再訪。常陸國一宮。
この日は春の大祭「祭頭祭(さいとうさい)」だったようで大勢の人で賑わっていた。

たぶん播州赤穂で「頭人(とうにん)」と呼ぶ祭の行列と同じようなものかな?
本殿にデンして鹿島を後にする。
北向きから南向きに進路を変えたが相変わらず風が強い。
昼食、暖かいラーメンで息をつく。支払いを済ませ店を出ようとしたら、「ウインドブレーカー忘れてますよ」ラーメンで温まって、ほっとしたんやなぁ。
外は変わらず強風。
逃げ込んだ旧道沿いに「屋敷林集落」富山の砺波平野や出雲平野にも屋敷林はあるが、それらの散居村とは違い、ここは家々が連なり集落になっている。道路からは屋敷林に遮られ家屋は見えない。垣間見える敷地の広さはテニスできるんちゃうかと思うほど。旧道は車も少なく風も遮られて走りやすかった。

利根川の河口に近い銚子大橋を渡り銚子へ。橋は1km余りと、長い。長い。
まだまだ時間が早いので犬吠埼へ。銚子電鉄の終着である外川の集落を抜け、屛風ヶ浦へ。
高さ40~50m、長さは10kmの断崖絶壁が続く海食崖。すげぇなぁ。

遊歩道を数キロ走り、崖上に抜ける急坂を上る。崖上の道路を勘を頼りに市街地へ戻る。
宿へ。早い風呂、ビール、洗濯、早い夕食、ビールはいつものパターン。
この日は一日風が強く、ハンドルを握る腕にずっと力が入っていたので、脚よりも腕が疲れた。
10日
快晴。朝から気温も高いので8時前には走り始める。屛風ヶ浦への崖上の台地に上る。その後も国道は小さなアップダウンを繰り返す。
一旦下った所に「飯岡灯台、屏風ヶ浦」の標識があったので寄り道。坂を上り灯台まで行ったが崖下に降りる遊歩道はなくガッカリ。
国道に引き返し、県道に入り飯岡漁港の先へ行ってみる。屛風ヶ浦の西端に出るが、こちらからの遊歩道は「危険につき立ち入り禁止」になっていた。

ここからは県道や海岸沿いに続く自転車道を走る。
海沿いの自転車道でぼんやりと休憩。この日のコースは宿取りの都合もあり、距離が短く朝の坂を過ぎれば真っ平ら。楽勝や。

たっぷり休んで走り出そうとしたら、後輪がパンク。自転車道に転がる貝殻かなぁ?
ま、時間はたっぷりあるから、のんびり行こう。
自転車道を走っていると、標識が何もないので、いったいどこを走っているのかさっぱりわからない。ま、それもええか。
道の駅?海の駅?の食堂で刺身定食、ビール。うまいっ!
午後ものんびりブラブラ走り、白子で桜まつり。

早々に大網の宿に。旭、匝瑳(そうさ)、山武、東金、大網白子と知らない地名が続く。
11日
この日も朝から気温は高く、日中はさらに気温が上がる予報。
早々に宿を出て、県道を一宮町へ。玉前神社。こちらは上総國一宮。信仰心はまったく無いのに、今回の自転車ツーリングでは一宮、三か所。
大きな坂もなく、四日目になっても少し余裕があるので当初コースに盛り込んでいたけど、最終的にコースから外した大多喜城へ行くことにする。
小さな坂を越えて大多喜町。
大多喜城には模擬天守。ここも土の城。
朝は暖かかったが、このあたりからまた風が強くなり気温も下がる。なんでやねん!
ここから、いすみ市の彫物巡り。これも今回のツーリングのメインテーマのひとつ。酔狼でも知っている浮世絵師葛飾北斎の「神奈川沖浪裏」いわゆるビッグウェーブの参考にされたのではないかとも言われているらしい江戸時代の彫り師「波の伊八」の欄間。
行元寺は土日のみ参観可能。門前で引き返す。いつものことながらちゃんと下調べしとけよという話。
県道をくねくねオリエンテーリング。
飯縄寺。
本堂の欄間に「天狗と牛若丸」、その両脇に「波と飛龍」これは凄い。写真で見ても、その立体感は凄いけど、実物を真下から見上げると、、、酔狼の力では言葉にできない。もし、興味を持たれたら是非お出かけください。写真が無いのは本当に残念。

写真が無いのがあまりに悔しいのでパンフレットを撮影してみた。
欄間右手の「波と飛龍」の一部。これを真下から見上げて言葉を失った。
ずっと眺めていたいが、空腹には勝てない。少々車の多い国道を走り、手頃な店を探す。
数キロ走って入った店は大当たりというか、とんで もない大盛りやった。 今日も午後はぶらぶら。早々に御宿(おんじゅく)の民宿へ。コインランドリーで洗濯乾燥。宿に戻るとき近くで小さめの鹿を見るが、なんか様子が違う。宿に戻り風呂で汗を流しビール。うまいっ! 夕食までTVの大相撲中継を見ていたら突然電気が消えた。屋内にあるブレーカーに電気がきてないが、近所の街灯は点灯している。
民宿のお爺さんと外を眺めていたら、さっきの鹿が目の前の空き地に現れる。「キョンだよ。嫌になっちゃうヨ、すごく増えちゃってサ」とお爺さん。すぐに別の一頭も現れた。そういえばTVで「房総半島で『八丈島のキョンが大繁殖している』という話題を耳にしたような。

町の電気店のお爺さんが点検に来たけれど、埒が明かず、東京電力に電話したら、千葉市から来るので2時間くらいかかるとのこと。
結局、暗い中、懐中電灯の明かりの下で夕食を食べることになる。宿泊客が酔狼一人だったのは不幸中の幸い。そんな中、のんきにビール飲むのも気が引けるので我慢、我慢。せっかくの海の幸も味わい半分。
部屋へ戻ってもやれることがないので、さっさと布団に入る。一日走って疲れ、夜の酒で元々早い時間に寝てしまうけど、あくまで寝てしまうのであって、寝ようとして寝てるわけではない。いつもはね。
うとうとしてたら、8時過ぎに電気が回復した。TVをつけてみたけど、面白そうな番組も無く、結局そのまま眠ることにする。
12日
昨日の停電は、結局、屋外裏手に大元の受電盤があり、そこのブレーカーが落ちていたらしい。でも、そのブレーカーが落ちた原因は未解決じゃないかと、よそ事ながら案じてしまう。
迷惑かけたからと、風呂上がりのビール代は要らないと。
今日の予報は、雲一時雨。なんとか昼過ぎまでは持ちそうな感じ。
走り出すと雨が強くなり、雨具のズボンも着込む。しばらく走ると小降りになる。
「カッパを着込むと雨がやみ、脱ぐと降る」はよくあるパターン。
本降りが続くようなら、そこで走り終え輪行しようと思いながら走るが、なんとかかんとか走れる。計画通り峠(270m)を越えて久留里まで走ろうと急坂(8%)を上ると、とうとう本降りに。何度目かのカッパを着込み、いったん下りかけたので峠かなと思ったら、まだまだやった。ただ、勾配は緩くなったので峠の上まで上りきる。

濡れた路面の下りはゆっくりゆっくり。
久留里駅にはずぶ濡れで到着。ま、五日も走れば雨は仕方ない。ま、無事走り終えた。久留里城へも行くつもりでいたが、山の上の城跡に上る気力はなかった。
久留里駅から久留里線で木更津、内房線で千葉。千葉からは京成電鉄で京成上野へ。
京成上野駅構内の手荷物預かりに輪行袋を一泊二日で預ける(翌日荷物を取りに行ったら満杯で預入不能になっていたのでラッキーやった。予約はできない)。
輪行袋を預け、身軽になって川口の友人宅へ。何年ぶりかで飲む。この日も早々に寝てしまう。
13日
通勤ラッシュを避け上野へ。上野公園。せっかく東京近郊に来たので上野の国立博物館へ行く。
上野公園を歩き、博物館を目前にサイクリングシューズのビンディング金具のあたる音が気になる。この靴で博物館内を何時間も歩くのはまずいなぁ。
ということで、公園内を引き返し「アメ横」へ。開店準備中の靴店で1000円のスニーカーを買いビンディングシューズから履き替える。フロントバッグとシューズをコインロッカーに預け、更に身軽になって公園へ。
国立博物館。本館(日本ギャラリー)、平成館(特別展は見学しない)、法隆寺宝物館。2時間余り歩き回り、歩き疲れる。協力隊の広尾訓練所にいた頃に一度、その後もう一度見学したことがあるが、記憶は真っ白。

キッチンカーでガパオライスとビール。あ~、ビールがうまいなぁ。って、ガパオライスって何やねん?
さて、気合を入れ直し東洋館(アジアギャラリー)へ。ここで更に1時間。
脚も疲れたが、頭はもっともっと疲れ果て、もう何を見ても頭には入ってこない。

国立博物館を後にし、すぐそばにある国立科学博物館へ。ここは本当に駆け足、飛ばし飛ばしですっ飛ばす。
フロントバックとシューズをコインロッカーから回収し、京成上野駅で輪行袋を受け取る。手荷物預かり、昨日はまだゆとりがあってラッキーやったなぁ。
東京発1503の「ひかり」で姫路まで。
姫路から在来線で播州赤穂へ。相生から赤穂線に入れば、もう着いたようなもの。と、思ったら、な、な、なんと、姫路駅のホームに土産物の紙袋を忘れたことに気付く。
自転車ツーリング、基本土産は買わないが、風の気まぐれ、今日は土産物を買ったものの輪行袋の隙間にはすでにビンディングシューズが入っているので、紙袋はそのまま手にしていた。あっちゃぁ~~
一瞬、面倒くさいから、もうええかぁとも思ったが、思い直し相生で下車し、上り列車を待つ。ローカル路線、すぐには列車は来ない。心が折れかかる。20分近く待ち姫路へ引き返す。改札脇の駅員詰め所で尋ねると、無事届けられていた。やれやれ、再度播州赤穂行きの下り列車に。なんやかんやで1時間半のロス。
くたびれ果て、駅からそのままタクシーで帰ろうかとも思ったが、鞭入れて、自転車を組みシューズ、土産の袋を片手に家路につく。なんか後半、怒涛のようにハプニングが続いたなぁ。
それでも懲りずに、また次の計画を練ろう。さて、次はどこへ。
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